2019/09/25 水曜日に昼休み その2 好天の馬場川沿い
2015年10月24日の写真では、こんな感じ。馬場川に架かる小さな橋の欄干の一部残されており、そこに木彫りの仏様がいたのである。それが両側の欄干がなくなり金属のフェンスになってしまったということだ。
2017年9月16日の写真もあった。フェンスになってしまっているが、仏様の部分は残されていた。さて、この仏様は、どこへ行ってしまったのだろう。
さて、馬場川沿いを東へと歩くと象の石像が置かれている田中石材店。ここは健在だったが、道路を渡り振り返ると真新しい住宅が。国道50号の角には家具屋があり、その北は古い工場と資材置き場のようになっていたが、その敷地だろう。
田中石材店の路地を抜けるとコンクリートの基礎が小道のように色が違うのに気が付いた。「もしかしたらトロッコの線路跡かも!?」と、ついつい思ってしまうのだった。
なぜここに来たかと言えば、隆興寺の墓と小道の境がカラタチの生垣であり、その下には沢山の彼岸花が咲くからである。ところが、ヒガンバナは切られてしまったのか、あまりない。
国道50号と馬場川に挟まれた住宅からは小さな橋が架かっていたが、今は空き地となり橋だけ残る。橋の向こうにはやはり2、3年前からだろう、お地蔵さんが置かれている。
ヒガンバナは全てなくなったのかと思ったが、しばらく歩くと蕾で残っていた。3つ、4つ開いている花もあったが、今年は開花が遅い様だ。
子供の頃は、もっと明るい小道に思っていたが、住む人が減り、木も大きくなったのであろう。茂った草木で暗い感じである。
恐らく誰も住まなくなった家。蔦が絡まるだけ絡まって、門や塀の区別もつかない程。
隣の空き地の周囲の木々は茂り、うっそうとして来ている。
歩いて来て振り返る。まだ住まわれている家もあるが、木が茂っているのが良く分かる。それらの木は、もう手入れをしてくれる人がいないのであろう。
第二保育所のところで道は一旦広くなる。そこの歩道に椿の実を見つけた。子供の頃は、これを採って遊んだものだが、近年はほとんど見なくなった。
ここで、正幸寺の手前、養行寺の通りで北上すると、正面がすっきりしていた。あの辺りには終戦直後の配給材で建てたような小さな家が残っていたところであるが、少しずつ解体され、ついに広瀬川の向こう、上毛電鉄の向こうまで見通せるようになっていた。
つづく。
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