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2018年12月 8日 (土)

昭和が遠くなってきた。2018/11/25~27

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最近は日曜日の夜、高崎線で上野へ行っている。電車の車窓からの眺めも変わってきたが、倉賀野駅はなんだか古いまま残っている気がする。こんな水飲み場も残っている。

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上野駅は古い建物をリフォームしながら使っていて、今でもなかなか楽しめる場所ではある。

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上野から浅草にかけて、浅草通の裏の方は随分と古い建物が残っていたが、最近はそれも減ってきている。

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毎日通勤で通る道。小さなスナックがたくさん入る雑居ビルは昭和かな。

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「はちみつ」の看板と東京スカイツリー。スカイツリーの下、コインランドリーの裏は「蛇骨湯」さん。来年壊すなどという話が流れている。

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これは西浅草二丁目、喫茶店のピーターの斜向かい。看板の電気が消えていて、間もなく建物も消えるのかと心配になる。

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ピーターの隣の怪しい扉。以前はスナックか何かが入っていたのだと思う。

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ウィークデーに上野で途中下車。歩道橋から眺める上野駅が好きである。

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うどん屋の「司馬」で軽く飲んで夕飯。ここも今年の12月28日に引き渡しで、営業は27日までとのこと。来年はアパホテルが建つらしい。

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そんな寂しい話を聞いて、浅草通りの南側の裏通りで西浅草へ帰る。まだ、古い建物が残ってはいるが、この10年で随分と減ってしまった。

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区画整理をされていない短く狭い路地が残ってはいるが、一区画がすべて解体され大きなマンションなどが建てられているところも。

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月に何度か歩くが、歩くルートは大体決まってきた。古い建物が残っているところだ。

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東上野、元浅草とまだまだ下町風情が健在だが、いつまで残るのだろうか。

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ここの建物は古い。空襲で焼けなかったのかもしれないと思う。

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東上野側から元浅草側を。洒落た建物だが…。

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元浅草に入って振り返るとこんな小さな店がポツンと残る。1年ほど前までは居酒屋で営業をしていたのだが、もう閉めてしまったのかもしれない。

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合羽橋道具街。菊屋橋の交差点の交番脇にコーヒーカップがタテに並ぶ。ニイミのビルの外階段だが、今の新しい建物にはない、遊び心のある洒落たデザインである。

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東本願寺の裏の通り「菊水通り」。その昔「菊水会館」という大きな店があったかららしいが、今は通りになお残し、この辺りで飲んでいても往時を記憶する人は少ない。

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仕事場は京橋。銀座側へ行っての昼食の帰り。微妙に古い洒落た建物が残る。

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京橋側の飲食店が数件入ったビル。室外機の取り付けが昭和に感じられた。

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東京スクエアガーデンの裏、この一角には八重洲富士屋ホテルも建っていたが、裏手の小さなビルたちも解体され広い空き地となった。この広い一区画に大きなビルが建つらしい。

そんなところでとんかつ屋の「富士」が頑張っている。御飯は少なくていいのだが、おかずが多すぎるのがこの店の悪いところである。「生姜焼きの肉を減らしてよ」と何度か言ってみたが、マスタはへらへらと笑いながら「お客さん本当にいいんですか」といつものように肉を山盛りで出してくる。

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とんかつ富士の前から向かい側を見ると、そこにも小さなビルがいくつか残る。

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その広大な空き地は駐車場などで現在は利用されていたりするが、歩道と駐車場の間に八重洲富士屋ホテルの茶色い艶やかなタイルが残されていた。

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その隣の角に立つビルには赤いコーンがたくさん並べられており、それは「この建物は危険です」と言っているようである。

京橋、日本橋辺りは、ここ数年で大きなビルが次々と建ってしまった。奇麗な大きなビルがたくさん出来たが、私はそこには何も魅力を感じない。新しければ驚くようなデザインが見られても良いと思うのだが、殆どがお金を掛けずに大きく作った無機質なものに見えるのである。人間味がない方が、温かみがない方がカッコいいということなのだろうか。まあ、街を行くクルマたちも皆同じ。時折、「あ!! ステキなデザイン」と思わせてくれるのは外国製のクルマ。日本はまだまだ遅れているというか、文化がないな~と。そんな点でも昭和も、明治も、大正も、江戸も、遠くの方へ行ってしまったと感じるのであろう。

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