紅葉の木曽谷に、ワーゲンで線路狩り
高崎を午前2時頃に出て、上松のセブンイレブンで夜が明けだした。まだ薄暗い中、野尻へと行った。Ωループをまた見たかったから。
先ずは貯木場へと。貯牧場は大きなS字になった、丸い道路に囲まれている。ひとつめの丸が貯牧場を取り囲み、右回りをして下ると、製材所を囲むように左回りをして木曽川へと下っていく。
緩やかな下り坂をワーゲンは気持ち良く走る。やがて再び、森林鉄道の線路跡は右に綺麗に丸くカーブをして川へと近づく。
緩やかな勾配を保つために、築堤が築かれていた。
線路跡は川沿いに近づくとぼぼ一直線に木曽川まで下るが、そこは今は藪の中。現在の道路で坂の先まで行き、合流するとそのまま木曽川へと。
川原へ出る部分で線路跡が左カーブで分岐するが、そのカーブの先には今も森林鉄道の鉄橋が残る。私の好きなところであり、この辺りを走って時間があるときには、良く寄る場所でもある。
野尻の貯牧場が6時17分だった。早朝の木曽川は静かで、山々は少し霞み、いつもは景色の中に溶け込んでしまっていた鉄橋も、美しく浮き出ていた。
肉眼で見る景色がまるで絵画のような朝だった。
現在の道路の橋に歩いていくと、橋の反対側に2つ、3つの橋台が目に入った。奥のひとつは吊り橋の橋台。
道路の橋から鉄橋を見ると、木曽川は少しゆがんだ鏡のようで、現実の景色を絵画のように映し出している。「朝早くに来て良かった」と友人と会話する。
道を戻り、Ωループから下ってきたところの小さな鉄橋へも行く。歩いていると薄暗い畑の中に白いところがある。刈り取ったススキの穂が積まれているのかとも思ったが、近づくと霜であった。
随分と写真を撮って時間も使い、ワーゲンに戻ために歩き出すと、対岸の山に少しずつ日が当たり始めた。再び、鉄橋で撮影をしてしまう。昼前には王滝村に着いて昼食にしたいと思うのであるが、なかなかここを離れられない。恐らく、ここに着いて1時間ほど。日は鉄橋も照らし出すと、背景の山々に埋もれるような景色となっていった。
しかし、まだ時間はあるから、上松に寄って行く。「上松の貯木場跡に会社ができて、そこに木曽森林の車両が飾ってあるようなんだけれど」と有名な上松の製材所へのΩループの上流側の橋を渡り、そろそろと辺りを探しながら進んでいくと、SAKAI WORKSと、運材台車、そしてB型客車が飾られていた。
機関車には車番はないが、昼過ぎに仲間と話したところ、「これは76号機だよ。愛知のこじまこども園に飾ってあったやつだよ」と驚きながら説明してくれた。彼も朝、ここに来たらしいが気が付かなかったらしい。
そして、行きたかったところへ。製材所の辺りには不思議なナローレールがあるからである。うろうろとしていると、今年の春に見かけた製材所の線路の上にトロッコが載っており、なにやら作業をしていた。嬉しい収穫である。
その辺りをぐるりと歩いて周り、ワーゲンへと戻ってくる。しかし、ここの光景と、古い空冷ワーゲンは絵になる。
ワーゲンを置いた付近に、なにやら積まれた上に線路も詰まれていた。9kg/mの610mm。野尻の製材所で見たものと同じゲージである。同様の乾燥機などで使われていたものであろう。
上松の駅付近を出ても、鬼淵鉄橋の先でワーゲンを止める。この道路の下に製材所があったのだが数年前に解体されてしまったのだが、解体をすると、建物内の線路が露になったのである。
やっと松原へと向かった私たちだったが、まだ寄りたいところはある。松原スポーツ公園を素通りして、滝越へ。早朝の野尻の穏やかさは消え、ここは眩しい日差しで、青空と華やかな紅葉が展開していた。
なかなか松原には辿り着かない線路狩りは、続くのであった。
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