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2013年1月14日 (月)

久しぶりに紅雲町から石倉の結城屋

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三連休でルーズな生活。午後2時頃になって昼食へと出る。行き先は石倉町の結城屋である。龍海院の手前まで行くと高橋商店がなくなっていたのに気が付く。たまたまご主人が居たのでお話をすると、昨年7月頃に駐車場にしたとのこと。

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ジクザクに行こうかと前女方向へと向かう。その途中に古い工場がある。工場は使われていないようだが、洗濯物が干され、まだ元気で生活していることを教えてくれた。

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新しい立派な家も目に付くが、まだまだ点々と古い家が残っていてくれるのがありがたい。しかし、それも何年も続かないのであろう。

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前女の裏手には駄菓子屋があったが、今は空き地、駐車場になっている。いくつかの駐車場が続き広い空き地となったところの裏手、垣根の中ほどに木製電柱の街燈が残っていた。

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ここも風呂川であろうか、川沿いに行くと「人丸様」と呼ばれる厳島神社がある。

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その傍らには小さな祠。明治時代に利根橋を架けたときに移設された水天宮である。もっと大きい物があるのかと、ずっと思っていたが、とても小さな物だった。ただ、「大渡の渡しにあるのと同じ様だね」と夫婦で言い合った。

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立派な塀と門の跡が残る中は広い駐車場になっている。その向こうに銭湯の煙突が延びている。利根の湯である。

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「形秋ドライは、まだやっているのかな」と以前も言ったような話になる。この裏手の建物は何なのだろう。かなり渋い。「この先の町工場が残っているか」と行ってみると、まだ建物は残っていた。そこから信号を小走りで渡ると利根橋である。

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利根川を渡ると石倉。間もなく結城屋。いつも両毛線から見ている倉林サイクル工房。ここはその先の店と長屋になっている。今時珍しい、石倉の歴史を伝える建物だと私は思う。

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「ビールありますか?」と聞いてから中瓶、そして「何かつまみはありますか?」とモツ煮を頼む。えりこさんはミニ天丼とかけ蕎麦のセット。のんびりと歩いて来て、のんびりと飲み食いしたら午後4時近くになってしまった。

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「帰りはどうする?」
「群馬大橋から行こうかと思って」
「いいね」と歩き出す。
結城屋の裏には大きな立派な蔵のような屋根が並んでいる。昔は何かの醸造所だったのではないかと思わせる。

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石倉の銭湯は千歳湯。今も営業しているのか、ちょっと不安になるが、果たしてどうなのだろうか。

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その昔は石倉に斜めにあった前橋駅。戦後の写真にも、敷地が残り、線路の先は利根川に至り川に沿って北にカーブしている様に見える。そんなことを話しながら群馬大橋に近付くと、そこに古い石積みとコンクリート製の古い階段と門柱が残っていた。
「ここには何があったんだろう」

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先ほどの利根橋もそうだったが、誰も渡っていない群馬大橋を渡っていると、ちょっと日がこぼれてきた。空気はそれほど冷たくはなかったが、薄い雲が西の空を覆っていて、向こうの方では雪でも降っているのではと想像する。

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中央病院の前のコンビニに寄って行こうと脇道に入ったが、その先に「結城屋」の看板。ここにも結城屋があったことを思い出す。
「今度は、ここへ来よう。ここなら近いし」
しかし、コンビニはなくなっていた。隣のタバコ屋のおばちゃんに聞いてみると、昨年の3月3日か4日に閉まったとのこと。「今度はラーメン屋になるんだって」と話してくれた。

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コンビニの裏の路地を北へ行った先は、私たちが通った第四保育所があったところである。その手前に、ポツンと一軒、それも長屋の一軒がショートケーキのように残っていた。

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「水があふれそうで怖いね。」
旧第四保育所の所の川は、水があふれそうになって、保育所時代を思い出す。皆が帰るとき、表に出ると数人が集まって大騒ぎになっていた。当時あふれていた川に近付いて誰かが落ちたことは理解できた。その後の話では、上手い具合に道路の向こう側へ流されて無事だったとのこと。今は柵があるが、当時は柵がなく、子供たちのちょっとした遊び場でもあった。

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のん気に歩いて行くのでどんどんと日が暮れて行く。龍海院の門もシルエットになってしまっていた。

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途中で整地中の空き地の向こうに古い家を見つける。
「ここも取り壊されちゃうかね」

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「紅雲町二丁目の夕日」
同級生の家も、いくつか覚えている。そんなのを探して、そして今はマンションと宅地になったところで、田んぼがあったのを思い出し、帰宅したのだった。

年に一、二回歩くところではあるが、思い出の町もどんどん姿を変えているのを実感する散策だった。

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