2012年の線路趣味を振り返りますか。
1月9日の前橋の初市は、だるま供養を見たあと、初市を通り抜け、上電へ乗った。前橋で祭りがある日は、利用者が増えるために上電に車掌が乗るからである。車内で切符を買う人たちも車掌さんの対応に笑みがこぼれていた。
こちらは2月5日、赤城山の前を走る上毛電鉄。この日は親戚の法事であった。墓地は亀里ですぐ脇を上電が通っているが、そちらでは電車に会うことは出来ず。前橋市街に向かう途中で。
男衾には戦時中に軍用線があったが、その一部が空き地として残っているので確認をしてきた。もう何も残っていない様ではあるが、僅かに、点々と軍用線の跡地を見ることはできる。この日は地元のお婆ちゃんの汽車が走っていた話も聞くことが出来た。
3月17日、長野電鉄屋代線が廃止になると知人から連絡があり、一緒に出掛けてきた。峠には雪が残り冷たい雨が降っていたが、20歳以来の長野電鉄を楽しんだ。
この日も勿論、数件の酒造に寄らせてもらった。帰りには「トロッコを押せますよ」と佐久の酒造へも寄ってもらう。
4月21日、ワーゲン仲間で滋賀の朽木でBBQをするために向かう途中。夜が明けてくると、すぐに国道19号をそれて、木曾森林鉄道の跡を訪ねる。写真真ん中、大きな木のところを森林鉄道は横切っていた。
夜明けと共に木曾へ寄ったから、昼前もまだまだ時間があると、北恵那鉄道の下付知駅跡へと寄る。駅前の製材所のトロッコは未だ健在であった。オヤジさんは引退していたが、息子さん夫婦が仕事をしていた。話をしていると、お互い夫婦共に同い年。妙に和やかな会話となった。
途中で昼食をとり、更に西濃鉄道昼飯駅。1時間ほど歩き、柵等に使われているトロッコのレールを発見する。ここには絶対トロッコの線路が残っている…。
もう日が暮れ始めた頃、近江鉄道の砂利運搬線に寄ってみる。今も時折使われるらしいが、あまり手入れのされていない、踏切に警告の看板すらない渋すぎる線路が、川原から五箇荘駅へと続いていた。
4月23日、BBQの帰り。近江今津に宿泊し駅付近を散策すると、EF81牽引の臨時の貨物が留まっていた。
地元のワーゲン仲間に聞いた、木之本の戸倉鉱山などいくつか寄って帰る。その中でトロッコを発見したが、裏返して積まれたトロッコの大枠の間から木が伸びていた。
GWは毎年、横須賀の田浦である。5月3日、今回は地味な鉄道趣味仲間2人と、我が夫婦で訪れた。朝から豪雨で冷たい日であったが、雨にも負けず、気温にも負けず、しかし残された線路の誘惑に負けて、足が棒になるほど歩いたのだった。
今年の夏も早い時期から暑かったが、7月1日の午後は雨。古河から加須へ行き、菓子問屋へ寄る。えりこさんは、お婆ちゃんと話し込んで、大きな箱の煎餅を買っていたが、私は、ここでも雨にも構わず線路を眺めて写真を撮った。
7月16日、死んでしまうのではないかと思うほど暑い日だった。下仁田駅から、国道254の先の側線跡へ歩く。僅かな距離だが、駅に戻り食堂へ入ると、噴出す汗は止まらなかった。暑さにバテ、ビールも頼めないほどだった。
8月22日、今の時期ではで想像できないが、この日も暑かった。仕事で乗った静鉄で、ちょっと途中下車して撮った一枚。ホームから見える車庫の光景は、20代の頃に見た地方私鉄の光景を思い出させた。
さて、8月30日の押上駅だが、この日も暑かった。お客さんと打ち合わせをするのに喫茶店へ向かう途中、たまたま東武鉄道の旧塗装の電車が走る日で、タイミングよく正に来るところだった。お客さんへはいつもの喫茶店へ先へ行って涼んでもらい、私は自転車置き場に駆け上がって電車を撮った。
8月まで写真を並べてきたが、ちょっと長くなったので、一休み。パート2があるのかな。
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