2008.5.3の草津湯
来々軒支店の北、20歳代の頃に良く行ったユーカラの少し南。
煙突を追ってクリーニング屋の脇を入ると、「3時からだよ」とおじいさんが声を掛けてきた。
以前もブログに書いたが、おじいさんが亡くなったと聞き、建物も解体されたため、ここに紹介することとした。
確か、女湯の脱衣場である。洗濯機の貼り紙に「この洗濯機は、個人の物です。お客様は使用しないでください!!」と書かれているのが、なんか微笑ましい。
女湯と壁絵。
年季の入った体重計。
こちらの男湯には、堂々とした富士山が描かれる。
マッサージ器と、パーマ器。
木製の下駄箱はかなりの年季が入っている。籠も渋い。
番台。一通り見て、なんだか昭和が凝縮されている気がした。
一通り写真を撮ってくると、おじいさんが昔の話を始めてくれた。
日々の張り合いのためにも、働けるうちは身体を動かして働きたいと言っていた。
確か大正12年、関東大震災の年の生まれだったから、90歳を目前にして亡くなられたことになる。それでも、2008年の5月には元気に働いていたのだから、最後まで全うして亡くなられたのだと思う。
銭湯が出来たのは大正時代とのこと。おじいさんが子供の頃に一度建て替えられた建物とのことだった。「もう前橋で8件になっちゃったよ」とも言っていたが、消え行く銭湯と共におじいさんも消えていった。
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コメント
偶然、知人がノブサンのブログを教えてくれて拝見させていただきました
懐かしくて泣きそうになってしまいました
2010年に亡くなり本当にほぼ死ぬまで働いていました
煙突が危ないので解体してしまいましたが、見ていて下さった方がいてうれしかったです
投稿: タムラ | 2012年12月 4日 (火) 17時14分
タムラさんとは。最近、一緒に飲んだりするタムラさんとは違いますかね。
まあ、前橋も、日々消えていっていますので、前橋生まれの私としても、出来るだけ写真に留めておきたいと思っております。
嬉しく思っていただき、ありがとうございます。
そんな、皆さんのコメントを励みに、今後も、具体的な目的もありませんが、つれづれなるままに写真を撮ってブラブラしたいと思います。
書き込み、本当にありがとうございました。
投稿: あつし | 2012年12月 5日 (水) 00時17分