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2012年2月17日 (金)

2月17日は、長男の誕生日。

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昭和59年の2月17日は、昼過ぎから雪になった。会社を昼で早退した私は、前橋の広瀬団地に向かった。

当時、ここには3軒ほどのおもちゃ屋が残っていた。そして、私は端からおもちゃ屋に寄った。ワーゲンから降りると、痛いほどの雪。

そして、「おもちゃのピアノが欲しい」と言うと、黒鍵が鳴るピアノを探した。子供用とはいえ、最初から、黒鍵が無いのではだめだったのだ。

二件目で、見つかるが、ピアノの足が壊れていた。しかし、前の店では全く無かったから、ここで決断をして、黒鍵付のイチゴ・ピアノを買ったのだった。

難産で、待っている間に、どんどん雪が降り積もった。病院の正面、そして、すぐ先の角で「ガシャン」という音と共に事故があり、まだ生まれないことを確認すると、ビートルを自宅まで置きに行き、大雪の中、病院まで歩いた。

難産だったが、子供は無事に生まれた。しかし、母体は、どうも違ったようだ。付き添いの時間が終わり、帰るときに「どうしても痛みに耐えられなかったら、看護婦さんを呼ぶんだよ」と言う。

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私が帰ってすぐに、もう耐えられなくなり呼んだのだそうだ。看護婦さんも異常と気付き、先生を呼んだが、車が走れないほどの雪。二人の先生は、傘をさして大雪の中を歩いてきたらしい。もう、その頃には、母体の記憶はなかったのかもしれない。

翌朝、病院へ向かう。普通の新米お父さんの行動である。しかし、着くと「昨晩は、あの後、大変だったんだよ。というか、大変だったらしい」と本人も。

大量出血だった。

運良く、難産が予想され、麻酔をし、何かあった時のために、麻酔の針が残してあったのだそうだ。それですぐに麻酔をし、手術に入れたのだそうだ。そうでなければ、麻酔なしで手術をする状況だったのだそうだ。

一週間もすれば退院のはすが、お母さんの入院で、延びてしまった。私はきっと数日は会社を休んで、付き添い、子供ではなく、お母さんのオムツの交換をした。トイレに連れて行き、身体を拭いてあげたりした。

お母さんの友達が持ってきてくれたキュウイフルーツをむいてあげたりした。

私の友人は、お祝いに、6Vビートルと、ポルシェ914の古いブリキのおもちゃを持ってきてくれた。まだ、生まれたばかりというのに、黒鍵のあるピアノと、渋いマニアックなブリキが飾られた。

この時期になると、やはり、あの大雪が頭に浮かぶ。大変な日に、大変な生まれ方をした長男ではあるが、今となっては、それは、全て素晴らしい思い出である。

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コメント

いやあ、いつもお世話になっているご長男君のお誕生日ですか。おめでとうございます。
もうご両親のてをすっかり離れて一人前ですね。
ちなみに5人家族の拙宅でも、3人が2月生まれです。

投稿: AOBA MODEL滝澤 | 2012年2月17日 (金) 11時24分

我が家は、私と長男が2月。お母さんと次男が7月となっております。
デハ、デハ。

投稿: あつし@小伝馬町 | 2012年2月17日 (金) 12時23分

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