前橋ってどうヨ。
利口なえりこさんは、さっさと家に向かい。私は、ブラブラと歩き出した。県庁の南側へ向かうが、途中で解体中の家を二軒ほど見かけた。
なんだか変化のない前橋市のようでいて、少しずつ確実に昭和が失われていっているのである。
それでも、まだまだ前橋市には昭和が残っている。放っておいたら、どんどん昭和が姿を消していくと思うと、少しでも体感して、写真に残しておきたいと思う。
そして、そんな気持ちで前橋を歩いていれば、昭和の前橋が目に付くようになるというものだ。
多くの人が気にも留めないような景色が、私の目には飛び込んでくる。今残る昭和の前橋の全てを見ておきたいと思ったりする。
城下町だった前橋の市街地。そんな品の良さが残っていると思うのは、物好きな私ぐらいかも知れないが。
古い景色が青空の下、鮮明に浮かび上がるような日だった。市役所に行って気が付いた。
小学校一年生の遠足だっただろうか。中央小学校から市役所へ行ったときに、四角く石で詰まれた小さな四角い池の上に、親子の像があった。
子供の私は、金魚も鯉も泳いでいない池にがっかりして、小便小僧でもなく、噴水になっているわけではない、その親子の像にがっかりした。
子供にとっては何も遊びの要素がなかったことを覚えている。
その像であろう。新しい市役所の前に移設されていた。気が付かなかったし、そんな一角には全く興味を持っていなかった。
恐らく、市役所に出入りする市民の殆どが私と同じだと思う。
しかし、私は気が付いてしまった。この像が、あの時、私が小学校の頃に、当時新しかった市役所前に飾られた像だと。
なかなか粋なことをしてくれるじゃない。
市役所の東には戦前からの教会がある。子供の頃遊び呆けていると聞こえてきたのは、5時の教会の鐘の音だった。
私が子供の頃に鳴っていたのは、お寺の鐘ではなく、教会の鐘の音と、商工会議所の空襲警報を想像させる「ウーン」というサイレンの音だった。
日曜日の昼間サイレンが鳴ると、テレビでは大正テレビ寄席が始まったのである。
塔のような商工会議所の上からは、ライトの光が回転し、夜の街を照らしていた。暗くなると、その明かりで照らし出されたところを、飛んで避けて遊んだのも思い出した。
前橋ってどうヨ。今でもいいところだと思わない?
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