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2009年7月 5日 (日)

私の好きな足尾

20070121_m02_36_ashiomachi 初めて行ったのは、高校生の頃。あの日から私は足尾の虜になった。とはいえ、はじめは興味本位だったし、周囲の地元の人たちからは、浮いた存在だった。

20070127_m02_17_mine_town それでも、通っているうちに足尾が少しずつ分かってきた。そうそう、夏目漱石の「工夫」という小説を古本屋で見つけて読んだ。足尾の話だった。

20070127_m02_20u_workerhouse しばらくの年月を経て、また近年訪れるようになった。年齢的なものもあり、最近は足尾の人と話をする機会も増えた。はじめて来た頃は閉山間もない頃。今は町に残った人たちは年齢的なものもあり、人間が丸くなって親しみを持って接してきてくれる。

20070127_m02_21u_brickwall 足尾というところは悲惨だったのか、豊かだったのか。切り口で様々な面を持っている町が足尾だろう。公害という悪い面もあるだろう。その点では、今も足尾は爆弾を抱えているのが事実だ。

20070127_m02_23_bridge お茶を出して、面白おかしい話をしてくれる年配には閉山まで坑道に入っていた人もいる。少々の言語障害があったり、古河の用意したアパートに入って余生を送っているのが、障害者、被害者である証かも知れない。

20070127_m02_32u_ashio 毎日、真っ暗な坑道に入っても、きっと楽しいこともあったに違いない。面白おかしいこともあったに違いない。長屋暮らしであっても、それはそれで幸せで楽しい家庭だったのだと思う。

足尾の町は、戦後の配給材の家が並ぶ前橋に似ていたのだろうか。私は、ここの住宅の間を歩いたりすると、とても穏やかな気持ちになる。

これから、銅山の面影は姿を消し、賑やかだった町の面影も消えて行くに違いない。それでいいのだう。何かおかしな観光開発をしたところで限界があると思う。

私の好きな足尾の景色はどんどん失われていっている。もし、足尾に興味を持って、訪れたいと思うのであれば、少しでも早いほうが良い。景色だけではなく、足尾の人々も…。

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コメント

いつも拝見しております。
わたくしも昭和3~40年代の雰囲気の残る街並みが好きで、
本当は末永く残っていて欲しいところですが、無くなって
しまう前にデジカメ片手に前橋や足尾、桐生などなどに撮りに
行っています。ですので、あつしさんの写真やエピソードが
とても楽しみです。

今日は伊勢崎駅周辺を撮りに行って来ましたが、かなり
駅周辺の区画整理が進み、いい雰囲気を残していた建物が
更地になっていました。個人ではどうする亊も出来ません
が寂しい限りです。また、高崎、前橋同様、伊勢崎駅も高架化
とともに新しくなってしまうのでしょうか。

今後も拝見させていただきます。 

投稿: 前橋のモン次郎 | 2009年7月 5日 (日) 22時21分

前橋のモン次郎さん、ようこそ。

> 今日は伊勢崎駅周辺を撮りに行って来ましたが…

そうですね。私も一度ここに伊勢崎のことを書きましたっけね。
伊勢崎こそ古い家並みが残っていましたけれど、それを観光資源にすることは一切なく、今に至ってしまった感じですね。
伊勢崎駅の高架も、駅北側の工場がほとんど無くなってしまった今は「時すでに遅し」ですね。
高架にしたところで、あまり効果はなさそうですね。
それよりも、昔の風情の駅前を残した方が、歴史と伝統を売りにしたほうが…そんなことを考えるのは、私たちぐらいですかね。
住んでいる人にとっては、近代化されて綺麗な町に住みたいというのが、実際でしょうからね。

今後とも宜しくお願いします。

投稿: あつし | 2009年7月 6日 (月) 00時04分

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