前橋の小柳町
「ベニヤ」が閉まっていたら、「来々軒」という選択肢もある。そこで中央通りアーケードを抜けて、弁天通りへと向かう。
弁天通では、空いた店舗を駄菓子屋の様にしてあり、そこで子供たちが遊び、その隣で近所の店のおやじさんだろう。丁寧に七夕飾りを作っていた。
今度の木曜から前橋市の七夕祭りである。
弁天通りを抜け、広瀬川を渡ると小柳町である。今は「住吉町二丁目商栄会」となっている。
ちょっと寂しい通りではあるが、古い造りの店が、まだまだ残っているのが嬉しい通りだ。
私の子供の頃の七夕は、弁天通りを抜けて、さらにここ小柳町まで歩いて折り返した記憶がある。
ここから北は、製糸工場などが多かったから、比較的広い通りに、商店だけではなく古い事務所もある。
ここは確か「材木店」と書かれていたと思う。ちょっと前まで古ぼけた感じの蔵だったが、最近になって綺麗に修繕された。
立派な造りで今も残るのは薬局である。戦後間もない頃のの建物かもしれないが、造りは古い。もしかすると、戦前から建っているのか。
その先、間もなく通りが終わる手前の角に「ほるもん」と書かれた店がある。数年前、看板が新しくなった頃からだろうか、居酒屋のようだが、昼間から暖簾が出ている。
ペンキ塗りたての頃は、黄色の建物に赤い看板で派手だった記憶があるが、今は色があせ、ちょうど良い色合いになっている。
ちょうど30年ほど経つのだそうだ。最初は「やきとり」書いていたらしいが、いつからか「ほるもん」になったとか。
昼間から飲みに来る人もいるらしいが、普段は近所の高校生等が定食を食べに来るのだそうだ。そういわれれば、焼そばや、ほるもん定食というメニューもある。
私が高校ぐらいまでは、前橋の街には沢山の「ほるもん屋」があり、焼肉の看板がある店でも、もっぱら頼むのは「ほるもん」だった。
そんな頃の話をして、盛り上がっていたら、生を三杯も飲んでしまった。
店を出て、真っ直ぐ国道17号方向へ行く。道は行き止まりだが、そこには大きなレンガの蔵がある。そして道の突き当たりは古い事務所風の建物だ。
レンガの蔵は、今も倉庫として使われていて、私は仕事で何度か入ったことがある。何が入っていたかというと、古いパソコンや、事務机などで、現代のものである。
この蔵の妻面の正面に路地があり、抜けたところが路面電車の駅だったという。その頃のこの辺一帯は、賑やかで活気があったに違いない。
この通りは、才川通りの延長で、広い道が広瀬川まで続き、所々に古い事務所がある。駅に近い商業地域の風情が残る。
こまどり食堂までたどり着く頃には、暖簾は仕舞ってあった。日曜日だから孫と一緒に出掛けたのかも知れない。
そうそう、こまどりのおばちゃんと、おじちゃんは、才川通りのところのことを「一才通り」だったといっていた。
才川通りの角の薬局は最近になって、看板が変わっていたが、いつの間にか取壊されて、隣に仮店舗ができていた。ここのおやじさんと、話をしたのは一年ほど前ではなかっただろうか。まだ看板が変わる前だった。
しばらくは天気もどんよりしているだろうから、休みの日に出掛けるのは近所になるのだろう。梅雨が明ければ、またワーゲンに機関車にと忙しくなってきそうであるが。
| 固定リンク
「前橋」カテゴリの記事
- ゑびすのじいさんと一杯、そしてもう一杯。(2009.11.08)
- 前橋の街(2009.10.19)
- 古きを偲んで、新しきに期待。(2009.09.28)
- 夕刻の前橋を(2009.09.06)
- 前橋ってどうヨ。(2009.08.19)



コメント