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2009年6月29日 (月)

ズ~ク~・ミニ・ツアー その2

P6280217_hanezuru 駒形石灰の次に向かったのは、日鉄羽鶴専用線の終点、羽鶴。もちろん、今は線路はないが、貴重な車両が残っている。それを拝みに行ってはみたものの、景色は随分と変わっていた。

750722_3421_1975hanezuru こちらの写真は、昭和50年のもの。カラー写真のテントの倉庫部分に線路が広がっていたことが分かる。

所々に面影を残す程度で、「もう鉄道はない」と思ってしまうほどだ。

P6280236_senroato 左手に残るの倉庫を機関車の車庫と思う人は少ないだろう。そして、中央の道路が線路の跡である。

7708_17_ こちらは、車庫の脇から撮影した昭和52年の景色。線路は谷のようなところを登ってくると山に突き当たり、トンネルになっていた。そこから列車はバックして、両サイドの線路へと登っていた。

スイッチバックになっていた。

P6280220_200906_1080 車庫の部分には、少々の線路が残る。以前はディーゼル機関車と蒸気機関車が入っていた証拠ではあるが、今はその半分。ディーゼル機関車がいた部分の線路が倉庫から外に伸びている。

この線路を見ても、ここに鉄道があったとは思いづらい。しかし、この残る線路と小さくなった車庫が、あるだけでも私たちには充分なのである。

P6280259_nokorudenchu 専用線は電化はされていなかったが、線路の部分を利用してもともと電線が通っていた。線路の撤去後も、この電線のお陰で線路跡はほとんど残っている。

恐らく電線の管理のために線路跡の草刈がされているのだが、ひとりが、

「いつか、線路を敷くために、誰かが手入れをしているのかな。」などと言っていた。

P6280269_tokanou 次に向かった廃鉱山の麓には草に覆われた土管がある。しかし、私たちは、その土管を目指した。なぜならば、そこには鉄道の残り香があるからだ。

20060104_33_tokanou_kato 今まで訪れたのが冬だったということもあるが、よくもまあ草木が伸びたものだ。日産ホーミーも、積まれた御影石も、間もなくすべてが草木に覆われる。

P6280315_kato_works 草木を掻き分け入った先に、鉱山でトロッコを牽いていた小さな機関車がひっそりと佇んでいる。

ヤマで働いた小さな機関車は、間もなくヤマの一部になっていくのだろう。

P6280351_leading_wheels 再び葛生の町に戻り、喜多山公園へと行く。ここには、ピーコックという会社が東武鉄道に向けて造った機関車が展示されている。イギリス製の品の良い蒸気機関車だ。

P6280360_tender ただの働く機械なのだが、各部が美しくデザインされている。近付けば分厚い鉄板の組み合わせではあるが、なんとも美しく洒落ている。

イギリスの機関車は芸術品として鑑賞して欲しいと思う。

P6280402_2009_jinsya 葛生の最後は、役場に保存されている、住友セメントの専用線で活躍した三両。1980年まで活躍した日立製の「No.13」と書かれたディーゼル機関車。そして、その時、一番古かった「鉱車」と呼ばれる貨車と、「人車」と呼ばれた、従業員を運んだであろう客車だ。

7708_04_1977jinsya 鉱車と同じ台枠に乗ってはいるが、車体自信は明らかに人車である。本来「人車」とは、馬車や牛車と同じで、人が押して走っていたものである。

まさに、この車体は「人車」そのものなのだ。羽鶴の先は鍋山というところだが、「鍋山人車鉄道」というのも存在した。

私は、そんな人車軌道でいらなくなった車体をもらってきて、これを造ったのではないかと想像している。

2006010203_32_hitachi_dl  赤見温泉の方から足利に抜ける峠の手前に重機会社の資材置き場のようなところがある。ここにも、住友セメントで働いていた、先ほどの13号機の仲間が二両いた。そして、沢山の鉱車の台枠も積み重ねられていた。

P6280410_jyuki_2 昨年1月に道路から撮影した写真には確かに機関車が写っていた。しかし、今回立ち寄ってみると、綺麗さっぱり「鉄」系のものがなくなっていた…。

「いつまでもあると思うな廃車体。」

ということだろう。

少しずつだが、確実に最盛期の葛生の姿がなくなっていく。それは、葛生の人々にとって良いことなのか、悪いことなのか、私は分からない。

歴史的建物も多い葛生は、今や小奇麗になり、観光客も訪れるのかもしれない。しかし、私の好きな葛生は、立派な古い建物も、ダンプトラックも、何もかも白い石灰で覆われた町なのである。立派な建物も、地元を支える産業、石灰の産出にはかなわなかった。

というよりも、白く埃になることで、立派な家も建っていたというのが理屈であろうか。立派な家の門柱もコンクリートでできていた葛生。石灰が自慢で、誇りだった。そんな葛生が好きなのだが。

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コメント

どの写真を見てもドキドキします。と同時に切なく成って来ますね。
最後の写真はあ〜〜〜〜...と声を出してしまいましたよ。

所で6/30火曜日のお昼頃R140を寄居辺りで花園ICに向けて、ビートルサウンドを轟かせてすっ飛ばしてませんでしたか? お〜〜〜?っと反対車線を山奥に向かって走ってました、仕事で^^;
違うかな?

投稿: 野宿屋ノブ | 2009年7月 1日 (水) 23時26分

切ないですね。
でも、時には「切ない気持ち」を味わうのはいいものですよね。
大切な事かも知れません。

我が家の'65ですか?
平日は東京ですし、えりこさんも、そんな遠くまで行く用事はないと思います。
あの淡い緑色「バハマブルーは最近人気だ」とあのキャンパーの友人が言ってました。

投稿: あつし | 2009年7月 2日 (木) 06時55分

また覗かせてもらいました。日鉄羽鶴鉱山の写真凄いです。しかも貨車積みのダンプは自分の父親のダンプです。ありがとうございます。

投稿: 世捨て人 | 2013年2月 6日 (水) 11時54分

> 自分の父親のダンプ

本当ですか!?
何かの縁を感じますね。

投稿: あつし@小伝馬町 | 2013年2月 6日 (水) 12時58分

またまた覗かせてもらいました。他にも古い葛生の写真がありましたらアップお願いします。

投稿: | 2013年3月21日 (木) 19時40分

以前は、「思い出のローカル線」というホームページでちょっと古い写真を掲載していたのですが、今はなくなってしまいました。
また、機会がありましたら、ここで取り上げましょう。
デハ。

投稿: あつし | 2013年3月22日 (金) 07時39分

お久しぶりです。また覗かせてもらいました。他にも昔の葛生があったら宜しくお願いします。佐野重機も懐かしい写真でした。

投稿: 世捨て人 | 2013年5月26日 (日) 13時29分

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