豊洲の帰り
しかし、今回は早めに終わって、会社に戻れる。はじめから、そのような腹積もりで、帰りは歩いて月島から地下鉄で帰るつもりだった。
どうせ何人かで一緒に帰るだろうから、一緒の女の子もそちらでタクシーで帰ってもらって、私はなんとしてでも徒歩と地下鉄で帰ることにしていた。
ところが部屋を出て、「皆は?」と聞くと、「もう帰りましたよ。」とのこと。どうしても写真を撮りたいので、一緒の女の子に「私はどうしてもあの鉄橋を撮りながら月島から帰りたい。」と遠慮がちに言ったのだが、返事はなく。とても嫌な顔で返された。
少し一緒に歩いたものの「私と一緒に帰ったことにしてタクシーで帰りなさい。」と。彼女を追い払い、鉄橋へ。
橋の上で写真を撮っていると、橋の反対側の歩道でこちらに会釈をしている人がいる。「?」。お客さんだか、会社の人間だかは、遠くて判断はつかないが、誰も歩いているわけではないので、こちらも会釈をすると、「ニコリ」とした様子で歩き出した。
それにしても、立派な鉄橋である。立派過ぎて壊すのが大変で残っているのか。それとも、産業遺産として残そうという気持ちがあるのか。これだけ変貌した豊洲の中で異彩を放っている。
橋を渡ると、線路部分はずっと鉄の囲いが続き、果たしてレールが残っているのかは分からない。私も会社に戻る途中であるから、その先までは追及できない。
しかし、中央に並木のある素敵な歩道は、これも線路跡だったのではないかと匂わせる。
歩道橋から、鉄橋の方を見れば、歩道はまるで線路跡かの様に美しいカーブを描いている。
広い大きな道路の片隅の歩道を歩いて月島に渡る橋へと行くと、その脇にも、きれいなカーブの小道が現れる。橋の上から見ると、線路のように円弧を描き川のところで途切れている。
「ここも線路で、その先は鉄橋があったのか」と思いは膨らむ。
美しいビルやマンションが立ち並ぶ中に、薄暗い感じの船着場。ここが工業地帯だった名残を留めているように感じる。
対岸には、水上に突き出た長屋のような古い家も残る。屋根がきれいだから、今も使われているのかも知れない。できれは、そのままずっと残っていて欲しい。
歩道は、広い大きな橋と分かれて地上に降りる。その橋の隙間を覗くと、古い工場が残っていた。
「もしかしたら、トロッコの線路でもあるかも知れない。」
正直、一番最初に、それが思い浮かんだ。
下った交差点が地下鉄の駅であるから、ちょっと寄り道をして、その工場を眺めた。線路は見当たらなかったが、大きな屋根の中に造られた事務所のようなところは木造で懐かしい光景を造っていた。
わずか15分ほどの旅ではあるが、昔の月島、豊洲に出会えた気がした。
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