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2009年4月13日 (月)

岩神辺りを歩く

P4110284_iwagami 「県都前橋、生糸の町(けんとまえばし、いとのまち)」と上毛カルタで唄われた前橋市。その生糸の町の中心部は、岩神町だっかも知れない。

P4110286_tokei_megane こまどり食堂で、おじちゃんと、おばちゃんと一頻り話たあと、岩神に向かった。私の子供の頃は、商店や事務所、小さな町工場などが、ずらりと並んだ通りだった。

P4110303_gs ところが、今はその面影は殆どない。会社は別のところに移ったのだろうか。そうすれば、商店や食堂もさびれてしまう。

P4110304_haioku 道路工事をしているところに小さな廃屋が残っていた。空地が目立つ様になった通りだから、間もなくここも空地になるのだろう。その先には、立派なガソリンスタンドが看板を下ろしてフェンスで囲まれている。

P4110311_yaoya しかし、そのすぐ先で驚いたのは、昔ながらの八百屋である。店の表に台を作り、その上に野菜や果物が並んでいる。いまだ健在とはいえ、店や売り方までも昔のままというのも珍しい。

なんだか、温かい人の心が伝わってくる感じだ。

P4110320_machikouba そこの路地を覗くと、煙突が見える。「銭湯か?」と思いそちらに行ってみる。町工場の跡らしい建物があり、その向かいは「群馬県共済会」とかいう建物。この立派さから、岩神がいかに栄えていたのかも伝わって来るというものだ。

P4110341_creaning 一本裏の通りに出ると、こちらはもっと空地が目に付くが、賑やかだったであろうことを感じさせる建物が点々と残る。こちらのほうが、洒落た感じの建物が目立ち、歴史もありそうである。

P4110357_sakaya 表から見ると小さな古びた酒屋だが、駐車場となった脇にまわれば、奥には立派な煉瓦の蔵が控えている。

P4110369_kawaharaya しばらく行くと、再び広瀬川と出会う。公民館のところには大きな桜があり、川越には現役の商店が見え、その裏手には蔵の屋根も覗いている。

P4110381_akichi 川を渡ったところの角には、造りは新しいが老舗であろう醸造所がある。醸造所を辿るように川沿いを行くと左手の、路地の突き当たりに古びたコンクリートの塀が続く空地があった。

「はて、こんなところに、大きな空地。何の工場があったのだろう。」

P4110390_roji こう何も無くなってしまうと、果たして何があったのか、全く頭に浮かばない。その塀に突き当たると、右に折れて塀沿いに、広瀬川を目指す。広瀬川は道路に対して斜めに流れているらしい。

路地には懐かしい感じの小さな庭付きの平屋が並び、その先には土蔵が見える。

P4110396_sakura この辺りの広瀬川沿いも、立派な桜の樹が点々とある。

P4110417_tofuten 私の子供の頃は「新進漬」の工場だったらしい。工場には沢山のトロッコの線路があり、いく本かは広瀬川を渡り反対側の工場にも延びていたらしい。今は大きな新しいビルが建ち、ピカピカと輝く球形のオブジェ(?)が置かれている。

P4110441_akichi 通りに並ぶ街燈には、各商店や会社の名前が入った看板が付く。銭湯の看板を見つけて行ってみると、どうも手前の空地がそうだったようだ。確か少し前にここを通った時は残っていたと思うのだが。

その向かいにも大きな空地が出来、綺麗に敷かれた白っぽい砂利が眩しく明るいのが、一段と虚しさを誘う。

P4110456_iwagami_main_street 木造の立派な瓦屋に、通りの繁栄の歴史が辛うじて残っている。戦前の家だろうか、それとも戦後に建てた家だろうか、いずれにしても贅をつくした確かな造りである。

P4110477_iwasaki こんな機械屋というか、道具屋があるのだから、工場も沢山あったのだろう。

P4110486_yukiya 利根川と広瀬側に挟まれた一帯だからだろうか、道は不規則に斜めに合流したりする。そんな鋭角な交差点に、結城屋さんがある。「結城屋さん」と書いた通り、慣れ親しんだそば屋さんの名前で、前橋市街には何軒か残っている。

P4110489_futonya 通りも終わりに近付いたところに、懐かしい風情のふとん屋が、ポツンと取り残されていた。

栄枯盛衰。そんな言葉が頭に浮かんでいた。

「さて、ここからは風呂川を辿って帰るか。」ちょうど目の前を流れていたのを良いことに、私の帰のコースは考えることなく決まったのだった。

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コメント

こんばんは
いま、私がパートをしている会社の親会社が、「亀山製糸」と言って、その昔、生糸会社として前橋あたりではかなり有名だったそうですが。
聴いたことありますか?
もう30年位前に廃業して、現在はスイミングクラブに商売替えをしていますが・・・

投稿: 押上 | 2009年4月14日 (火) 20時59分

> 「亀山製糸」と言って、その昔、生糸会社として前橋あたりではかなり有名だったそうですが。

はぁ。私は分かりませんな~。
私が通っていた中学の隣りが、そのような工場で、風向きによっては、とても臭かったらしいです。
その近所にスイミングスクールはありますが…。
前橋の人も沢山見ていると思うので、知っている方は是非コメントをお願いします。

投稿: あつし | 2009年4月14日 (火) 22時42分

昭和51年に前橋市立第一中学校に入学した者ですが,
学校の東側に亀山製糸の工場があり,風向きによっては相当な悪臭
(吐き気を催す程)があったのを覚えています。
生徒会で、何とか悪臭をなくせないだろうか等と、話は出ていたのですが,
中学生の頭では当然のことながら,妙案は出ませんでした。
今だったら,公害としてかなりの問題になっていたと思います。

なお,一中の東側は前橋刑務所で,周囲の畑で受刑者の人たちが
作業をしていたのも覚えています。当時は少し怖かったのですが,
今思うと,外に出してもいいくらいの模範囚の人たちだったのでしょうね。
記事を拝見し,懐かしく思い出したので,投稿させていただきました。

投稿: | 2014年4月26日 (土) 11時39分

投稿ありがとうございます。まさにあれが、亀山製糸だったんですね。
私が在学中に一度、脱走事件がありましたね。
真っ直ぐ家に帰り、家に帰ったら外へは出ないように先生に言われたのを覚えています。

吹奏楽部では、刑務所の周りを走らされました。

投稿: あつし | 2014年4月27日 (日) 22時11分

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