やはり雪でした。
これから生まれてくる子供のために、できるだけきちんとしたおもちゃを買ってあげたかった。そのまま病院に直行したものの、計画分娩ではあったものの難産で一人病室で本を読んで待っていた。
気にはなるが、こんな時こそ心配しても仕方がない。ちょっと読書にも入りこんだところで、やはりそわそわしてきてしまった。午後3時頃、窓の外は雪景色になってきた。
窓の外を気にしながら待っていると、「ドカン」という重たい鈍い音が聞こえてきた。病院に入る丁字路で車が衝突していた。出産も気になるが雪も気になる。
次に音が聞こえてきた時は、病室の真下、道路に面した病院の駐車場だった。これは大変だと、私はビートルを自宅に置いてくることを決意した。この間に子供が生まれてしまっても困るが、これでは落ち着かない。自宅に戻り歩いて病院まで行ったのだが、とにかく難産で、なかなか生まれなかった。
暗くなる頃にやっと生まれたものの、私が帰ったあとで大騒ぎになったらしい。翌朝は晴れたものの、雪はビートルの上に20cmほど積もり、やはり歩いて病院へと行った。生まれた長男は元気だったが、出産時に静脈が切れていた母体は、しんしんと雪の降る晩に大手術となったのだという。
昭和59年2月17日の思い出である。だから毎年この時期になると雪を思い出すし、雪が降って当時を思い出させたりする。
今年も降ってしまった。それも、私が群馬の客先に行く日。
朝6時半。目が覚めるとカーテンの向こうは真っ白になっていた。もしかすると遅刻するかもしれない。少し早めに出て、広い幹線道路を行かなければいけないと、とっさに思う。
道路は溶けているものの、前橋駅の南側へ行くと、大粒なものが、フロントガラスの前をちらちらし始めた。ちょっと心配しながら、緊張したものの、松並木辺りから雨に変わって来てくれた。
昼食に出たついでに伊勢崎駅の高架工事を見に行った。その頃には、青空が広がり始めていた。無事に仕事が終わって帰る頃には、青空と、少し残った黒い雲、そして夕日が美しいコントラストを作ってくれた。
翌々日の日曜日に、長男は久しぶりに家に帰ってきた。母親は仕事だが、夕飯を楽しみにしていた。
長男が玄関を開けて「ただいま~」と大きな声を出した時、私はちょうどトイレに入っていた。ここで、「おかえり~」と応えてやれなかったのは、ちょっと自分としては寂しかった。
次男と私と3人で近所の模型屋に行き、ミニカーを眺めて語り、僅かだが長男と一緒に仕事をした時に何度か行った「来々軒支店」で昼食。その後は、最近買った長男の乗って来た車で赤城の方へドライブ。車好きの男同士。なかなか楽しい時を過ごさせてもらった。
夕方になり、母親も帰ってきて、夕食は家族4人で食事に出かけた。半年に一度、あるかないかの家族4人だが、昔と変わらずに食事をして、家に戻ると子供たち二人は、以前と変わらず車の話で盛り上がり、随分と遅くなって帰っていった。
「帰る所があるのっていいね。」
「帰ってくる人がいるのっていいね。」
そんなことをお互いに言葉にして家族のある喜びを実感したのだった。
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