2008年忘年会は、おやじバンド
終わった後、「来年、私がベースで手伝いますよ。」と声を掛けた。そして今年の6月ぐらいだったと思う。
「忘年会でビートルズをやる?」と確認されたので「もちろん」と応えると、「じゃ、メンバー探してみるよ。」と返ってきた。
9月だったか、関連会社から2人が参加することとなった。そこからである。皆、普段からビートルズのバンドをしている訳ではないから、「すぐにでも選曲をして、練習をしましょう。」と、早速10月にスタジオを予約する。
はじめに持ってきたのは、TESCO(テスコ)のバイオリン型のベース。軽いし、マンションでの練習にはちょうど良かった。
ところが…である。すぐにマンションで1時間ほど練習をしたのだが、翌日になると肩が痛くなり、翌々日になると余計に痛く、重たくなってしまった。
最初のスタジオでは、とりあえず、そこそこ。そこで10曲ほどやり、やりやすいと思われる曲5曲が選ばれた。
私の場合は、すぐにそこそこ弾いてしまうのだが、そこからが遅い。まずは、自分の頭の中にあるビートルズの雰囲気で弾きながらコード進行を覚えることを続けた。
2回目のスタジオではコード進行は完璧ではなく、皆と合わせながら、確実にコードを明確にして身に付けた。
しかし、バイオリンのようなベースは、4、50年前の代物。スタジオに入って音を出すと、ノイズは出るし、ハウリングも起こす。そして、思い切り弾けるように、もう一台の重たいベースを群馬から持ってきた。
コード進行が完璧になってから、ビートルズとベースラインの異なるところを毎晩聴きながら1週間ほど練習をした。この頃から私は体調を崩し、風邪をひいて2日ほど寝込んでしまった。今考えると、精神的なプレッシャーから胃腸の調子が悪かったのだと。
最後のスタジオに入る1週間前は、何も見なくても弾けて、歌えるよう毎晩2時間ほど練習をした。とにかく意地になって練習をしてスタジオに入った。ここで、私は初めて、ベースを弾きながら、譜面も歌詞カードも見ずに歌えるようになった。ベースもイイ音を出してくれて、その点でも集中できた。
毎晩の練習のプレッシャーと、来年1月の入社の手続きで、とにかく精神的に崩れてしまいそうで、それを帰り道の居酒屋で常連と飲んで発散し、マンションに戻り練習をした。もう意地だった。とにかく、忘れないように、自然と弾いて歌えるように。しかし、本気でベースを弾いたのは、既に30年前のことである。人間とは凄いものである。弾いているうちに、その感覚も戻って来たのだろう。
そして当日。朝ベースを持って職場に行くつもりだったが、連日電車が乱れ大混雑の状況で、それを諦め、夕方マンションに取りに戻ることとした。マンションに戻ると、吐き気がするぐらい、調子が悪かった。とても緊張していたようだ。図太い神経の持ち主の様に、思われ、自分でもそう錯覚していたが、実はとても神経質なことに気付かされた。
会場までタクシーに乗ると、出来るだけ気楽に運転手と話をする。会場でのリハーサルはとにかく緊張した。ベースのストラップをちょっと短めにしたのも、ベースアンプの音の作り方が出来ていないのと。
でも、その二点ぐらいだった。リハーサルで2曲やると、ベースアンプの音を落ち着いて作り、引き上げるとストラップを少し長めに戻し、ギター2本をチューニングメーターを使って合わせた。
ビールを飲んで、少しつまみも食べて、余興を楽しみ、大騒ぎをしていた。もう、これで終わる。開放されるということで、とても気楽になっていた。
会場が爆笑になったあと、セッティングなどで時間があり、私たちの番である。ベースを担ぎ、シールドをぶら~とたらして、ねじれが取れるように引っ張っていき、アンプに挿して、スイッチオンで、私のスイッチもオン!
もう何も不安材料は無い! あとはやるだけ!!
いやいや、楽しかった。ベースを弾いて歌っていても、喜んでいる皆の顔が良く見える。喜んでもらえれば、こちらも楽しい。すぐに緊張感は吹っ飛んでいた。
終わると皆、腑抜けになって「もうギターは弾きたくない。」、「私もしばらくはベース弾きませんよ。」と。でも、また来年の10月ぐらいになったら、やりたくなるのではないかな~。
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