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2008年11月10日 (月)

頸城の百間町

Pb097183_ 昨日、頸城鉄道に行ったことを書いたが、いやいや私は寂れた町を歩くのが好きである。「寂れた」というのは「繁栄していた」という言葉と同義語である。

Pb097189_ja 百間町の駅前には、大きな農協があった。使われなくなった大きな倉庫。それも、ヨーロッパの高原にあるような三角屋根のものも使われていないようだが残っていた。

Pb097199_ja それは、繁栄の証しであり、以前はそれほど栄えたいたということだ。私の足は、ついついそちらに向かっていた。

Pb097235_ それから、頸城鉄道の廃線跡、今は道路になっているところを歩き、その後は昔の街道というか、旧道といえる道を歩いて、百間町の駅を目指した。

Pb097260_ 頸城鉄道の廃線跡の道路を歩いていても、両側に畑や田んぼが広がるだけではあるが、街道を歩けば、立派な歴史のありそうなお宅も随分と目に付く。

Pb097266_ 何か商売をしていたのであろうか、大きな木造の家もあれば、今でも製材所をやっているのであろうところもある。百間町の駅は、そんな栄えたところの玄関口に当たる。

Pb097288_ 「百間町」と書かれた信号を曲がれば、その突き当りが昔の頸城鉄道の駅となる。つまり駅前通りで、今は閉まっているところが殆どだが、古い家や、古い商店が駅前通りリらしく並んでいた。

Pb097290_ はじめから、ローカル線を造ろうととした鉄道会社はないだろう。栄えていたからこそ、輸送力が必要で、鉄道建設となったのである。

Pb097293_ 駅前通りを歩いてくれば、大きな木の脇に古い昔の頸城鉄道の旧本社がある。昔は賑やかだったであろう駅前を歩き、そして旧本社に辿りついてこそ、頸城鉄道の価値が分かるというものだと、私は思う。

ローカル線や、廃線跡の旅というのは、往時の繁栄振りを知る、体感する旅なのだと思う。鉄道の遺構だけではなく、保存された車両だけではなく、その町の歴史に触れれることが大切なのだと思う。

今回の頸城行きは、あまり乗り気ではなかったが、百間町に今も残る「往時の繁栄」を体感させてもらえる旅となった。

今は寂れて、また農協は広い駐車場を備え、関係のないところは、どんどん失われていくに違いない。閉店しているところが殆どだが、今回来て本当に良かったと感じた。名所、旧跡とは一般的に呼ばれないところだと思うが、そんなところほど失われていくのである。ちょっとゆっくりとした時間の進み方の頸城だから残っていたのである。

消え行く景色を、消え行く風情を、失われる前に味わおうではないか。

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