前橋の洋服店
角を曲がってみると、ゑびすは暖簾を仕舞っていた。そこでこれ幸いと先ほどの店に顔を出す。
「前橋の古い家を趣味で撮ってるんです。」というと、
「この家は撮っちゃダメだよ。もう引っ越して壊すんだから」と。
そう言われれば、店内にあったミシンなど殆どがなくなり、引越しのものなのか、店の隅にいくらかの荷物が置かれていた。
おばちゃんは手伝いで来ているとかで、留守番をしているようだった。今までも写真を撮っていく人がいたらしいが、「家の中は殆ど撮らせなかったようだよ。」と言っていた。
いつ頃からあるのかも聞いたが、良く分からないらしかった。二代目まで洋服店をやっていたが、三代目は継がなかったとか。その二代目のおじいさんが昨年亡くなり、いよいよこの家から出て行くことになったらしい。
食堂のゑびすも戦前の建物らしいし、この家も造りからすれば昭和初期か、それ以前のもの。この一角は焼けなかったのか。それとも終戦後にどこかから持って来たのか。
きっと80年以上は経つのではないか。前橋市や群馬県から有形文化財にさせて欲しいという話はなかったかと聞いたが、「そういうのは、みんに断ったらしいよ。」とのこと。
個人の家とはいえ、ここまで来ると、皆が懐かしいと思う貴重なもの。誰かが、この家を保存目的で買ってくれないだろうか。
もし手放して不動産屋が買ったのだとすれば、どうなのだろうか。
「貴重な文化財」と思うのか、
「ただの草臥れた古い家」と思うのか。
もしかすると数日後にはなくなってしまうのかも知れない。
戦争で殆どが焼け野原になった前橋の市街地だから、大都市の割には戦前の古い建物は殆ど残っていない。
そして、終戦直後に建てられた粗悪な住宅も多くは壊され建てかえられ。他の都市と比べると、ある面、前橋は寂しい街である。
この写真は、数ヶ月前のもの。まだ店内には、ミシンなどが残っていた。それらはもう骨董品として引き取られていってしまったらしい。
この店にあったから価値があった物と思うが、それを別のところへ持っていっては価値は半減しないのか。まあ、それは人それぞれの価値観があるのだが。
前橋の昔ながらのメインストリート国道17号。その傍らで、前橋の栄枯盛衰を見てきた建物がまた一つ無くなっていく。
私たちは、後世に残せる何かを造ってきただろうか。今の世の中に、そのように価値あるものがあるだろうか。
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