上野物語6
私はジンちゃんを探したが見つからないまま席につく。マスターの隣にはママが座り、私の染矢氏の間にちいママのユミが座った。ユミは私の腕を掴み放さない。今夜はジンちゃんがいないので独り占めということなのだろうか。私の目は、ふわふわと泳ぐようにジンちゃんを捜し当てた。
彼女は店の隅のテーブルで、泥酔したのか寝てしまったのか、そんなお客さんに肩を抱えられて、その中で所在なさそうに小さくなっていた。ちょっとかわいそうだが、殆ど寝たような状態に見えるお客さんだから、もう間もなく開放されるだろうなどと思う。
ユミに歌を唄ってとしつこく言われ、仕方なしに千円札を出しカラオケを入れれば、すかさず彼女もカラオケを入れる。私も彼女の歌が気に入ったが、彼女も私を気に入ってくれたみたいである。 二人で歌ったり、抱き合ったりしているうちに、キスを求めてきたようだったので、唇を近づけると、彼女はすっと頬を出してきた。
彼女、ユミさんはマスターに惚れていたらしい。一度は両親を国から連れて来て、マスターの家に挨拶に行こうとしたのだそうだが、マスターはそのようなこととは全く気が付かず、そっけなく断ってしまったという過去がある。マスターは彼女らは日本人と結婚をするのが目的なだけだというが、彼女のように綺麗で、知的で、歌の上手い女性であれば、問題なさそうである。
しばらくすると、ジンちゃんが陽気に勢い良く割り込んできた。
「さっき寂しそうな顔をしてたね。」というと、「今日は飲みすぎた」とそっけない言葉。
彼女は先ほどまでのお客さんとは逆に、私にしがみつくように寄り添った。電話がなかったことを聞くと、「電話はしない」という。別に引越しのテレビが欲しいわけではないが、電話をするという約束をしたのだから、一度くらい掛けて来ても良い。 店を出るときに「電話をしてね」と念を押すと、「うん」という返事が返ってきた。そして、ビルの出口で二人はしばらく抱き合った。
私にとっては、とてもかわいらしい人である。妹のようであり、娘のようであり、真面目で健気な雰囲気がよい。何か力になってあげたくなる。
私がビルを出ると、やはり二人はどこかに消えていた。染矢氏は、千葉方面に帰るようなことを言っていたが、本当に帰ったのか、それともマスターの店に泊まったのか。もう一件行ったのか。
私は一人上野駅方面に歩き出した。
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