ムラカシ石灰
「ムラカシ」という文字で「村樫」という漢字を思い浮かべられる人も多くないだろう。
「村樫」をそのまま「ムラカシ」と読んでいいものなのか、私は読み方を知人に訪ねたことがある。
「村樫石灰戸叶鉱山」も「トカノウ」と読んでいいものか分からなかった。
村樫石灰の戸叶鉱山では、山の上の方を、KATO WORKSが2両走っていたという。今、山を見上げても、そのような痕跡は見当たらない。もしかしたら、今もこの山の上の方に線路は残っているのかも知れないが。
山で働いていた機関車KATO WORKSは、草木に埋もれかけ、自然の中に取り込まれていくのを大人しく待っている。ひとつは運転席が殆どなくなり、柱のみが傾いて残る。
「ここに機関車がある」と言っても、分からないかもしれない。
柱しか残らない運転席に、メカニカルな計器盤や操作レバーが生えている。機関車は草木に覆われるなかで黙って佇んでいた。
その昔は、エンジンを掛ければ、メーターが動き、レバーを操作すれば、力強くチェーンの音と共に走り出したに違いないのに。
草木との自然のゆったりとした流れを機関車たちは楽しんでいるのだろうか。
来る日も来る日も、崖っぷちで重たい石灰岩を運んでいた機関車たち。
今はゆっくりと余生を楽しんでいるのかも知れない。
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コメント
あの頃は戸叶鉱山で50トン台慣ギリギリの38トン積んでいた。
投稿: 世捨て人 | 2013年1月13日 (日) 19時55分
私もトラックは配送用の4tぐらいしかありませので詳しくないのですが、35tトラックとかがあるんですね。
それとも鉱山の中ですか。大きなタイヤのダンプが走っておりましたが。
投稿: あつし | 2013年1月14日 (月) 01時13分
過積載が厳しくなる前20年前くらいでした。10t車に38tぐらい積んでいました。写真のムラカシ石灰の前には昔住友セメントがあり毎日砕石を積んで来ていました。他にも葛生の写真を拝見しました;。懐かしい想い出ありがとうございます。
投稿: 世捨て人 | 2013年1月15日 (火) 21時36分
貴重なお話ありがとうございます。
また、ご覧頂き、ありがとうございます。
過積載があったのが現実の日本で、それが日本経済を支えていたのかも知れませんね。
今や大手はデジタルタコグラフで管理されていますが、積載量はどうなんでしょうかね。
私も以前少しだけ家具屋の運送をしていました。家具になったものを運ぶのは中がガランドウで、それが本当なんですが、近年はマンション。部材を運んで現場で組み立てるのです。だから、扉だけをひとつのパレットに綺麗に積み上げたりして。家具といっても重たいのです。で、お客さんは安く上げたいから「2t車で積める」ってね。行ってみると、パレットに板が積み上げられていまして、どう見ても2tどころではない。
そんなんも運びましたね。
今も時々峠で大変そうなトラックをみると「過積載だな」と夫婦でにこやかに後ろから付いて行きます。(笑
投稿: あつし | 2013年1月16日 (水) 00時25分