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2008年6月30日 (月)

足尾の沢入

P6230022_ 今日は雨。仕事もあったので一日家に。仕事が終わって「昨年の今頃は…」と思ったら、沢入に行っていた。
わたらせ渓谷鉄道の沢入駅といえば、群馬県側最後の駅ではある。しかし、その昔の沢入は足尾と密接な関係にあった。

P6230025_ (写真は沢入駅付近の踏切、このすぐ向こうを馬車鉄道が横切っていたのだろう)

足尾には明治期に馬車鉄道が敷設されたのだが、足尾駅の渡良瀬川の対岸の渡良瀬が起点で、北に南に延びていった。その南へ行く軌道は、現在のわたらせ渓谷鉄道のすぐ脇の小道を通って、やがて旧国道へと合流する。選鉱所の前を通り、遠下で小滝坑方面に分岐するが、国道沿いに原向まで延びていた。原向へは切幹の集落の途中の路地を入るように渡良瀬川を渡り、再びわたらせ渓谷鉄道沿いの小道で行っていた。
P6230030_ (写真は、旧国道から沢入駅に行く古い橋の橋脚)

そして更に、崖に張り付くように渡良瀬川の西岸を通り、沢入まで続いていた。沢入駅には貨物ホーム跡があるが、その辺りに馬車鉄道の駅があったらしい。今の駅前の北隣になる。そこから道を挟んだ反対側の山の上から索道が降りてきていた。

本当は馬車鉄道の話を聞きに訪れたのだが「鉄索」の話が出てきた。何でも桐生の梅田から索道で石灰を運んでいたのだとか。足尾の鉱毒の中和剤として群馬側から石灰を運んでいたのだ。鉄索は、梅田から山を越えてくると、駅の正面の山の手前に降りてきて、そこから再び、正面の山を越えてきたのだという。
P6230037_ 地元のじいさんの話でも「じいさんから聞いた」というのだから、大昔の話したが「こっちにも鉄索があった」と、川の対岸を指した。沢入は石灰だけでなく、足尾で土台などに使う石材「ケンチ石」を産出していたのだ。足尾に行くと、段々畑状に住宅が建っていたが、そこで使われていたケンチ石の多くは沢入から切り出されていったらしい。
P6230056_ (写真は駅正面の山。この辺りに鉄索が下りてきていた)

馬車鉄道から、鉄索に話は移り、そして石材の話へと変わっていく。行き当たりばったりで出掛けること多いが、話も行き当たりばったりである。しっかりとした具体的な目的を持って行くのも良いが、私は特に大した目的を持たずに出掛け、そこで何かを発見するのが大好きでなのである。

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