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2008年5月18日 (日)

機関車の修復活動の始まり

P5180003_ 一昨年から始めた、森林鉄道の機関車の修復活動。今年もその一回目が行われた。

群馬県沼田市の根利地区。ここに林業機械化センターという研修施設があり、そこには機関車も保存展示されている。

P5180012_ ボールドウィン社製蒸気機関車、協三工業製ディーゼル機関車と外観修復が終わり、今年はホイットカム社製のガソリン機関車の番だ。

P5180016_ ところが、修復をするホイットカムの機関車のラジエータ脇に、鳥の巣が。果たして、どうしたら良いのか。この日は、親鳥はやってこなかった。人がたくさん居るので、近づけなかったのが、それとも親鳥は、もうどこかに行ってしまっているのか。

P5180129_ 今回は、ホイットカムを修理しやすいよう、また古くなった車両を屋内展示できるようにするための、線路工事と、車両の移動だ。

P5180248_ 趣味で、線路を敷設して、何トンもある車両を移動していく。面白い趣味を持った人たちがいるのである。

P5180299_ そして、新緑の中での作業も心地よい。普段は、力仕事をしていない人も、ここぞとばかりに張り切って身体を使う。

P5180358_ 線路を仮設しながら、人力で何トンもある機関車たちを移動していく。始めは、どうやって動かそうかと、誰もが思っていたが、みんなの知恵と力で、重たい車両が移動していく。

P5180449_ ここに展示してある、林野庁が所有する機関車であり、自分のものではないのだが。

大切な鉄道遺産。それをみんな大切に後世に残していきたいということだろうか。

P5180482_ 山深い緑に囲まれた中で、こんなことをしている人たちが居るのである。

いい事だと思いませんか。

P5180492_ 好きな機関車を眺めたりしながら。将来は、彼らが走り出すことを考えて。

だから、線路工事にも力が入る。

P5180588__ また、根利(ねり)という所は、古くは会津に抜ける根利道の宿場。藁葺き屋根はなくなったが、今でも宿場町の風情を偲ぶことが出来る。

そして、根利の砥沢というところでは、材木を切り出し、索道で足尾に提供していた。

昭和になると、戦時中に森林軌道が敷かれる。

P5180592_ この屋根の上辺りを森林軌道は走っていた。ちょうど、畑になって、石積みが見えるところ辺りである。

P5180607_ 軌道跡の畑に上がり、周りを眺める。写真の左手、緑の中の大きな黒い屋根が、作業をしていた林業機械化センターである。

P5180626_ 線路跡のあるところの、山添の道を下るが、ここは元々は軌道跡。しばらく行くと、素掘りのトンネルがある。この辺りは断崖絶壁だったとのこと。線路を通すために、ここにトンネルが掘られたとのこと。

ここから先、日影南郷までの区間は、昭和22年のキャスリン台風で、廃止となってしまったが、今でもトンネルが残されているというのは、今の日本では考えられない。

それだけ、山深いところだったということだと思う。

昨年、土砂崩れで、法面工事が行われていたので気になったが、トンネルは少し崩れた程度で、まだ残されていた。

これから毎月1回は、根利を訪れることとなる。機関車修理も楽しいが、線路跡の探査も面白い。そして、歴史ある根利や周辺の集落に立ち寄るのも楽しみだ。

本日の活動の詳細は、下記ページを。

http://baldwinneri.hp.infoseek.co.jp/index.html

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