機関車の修復活動の始まり
ボールドウィン社製蒸気機関車、協三工業製ディーゼル機関車と外観修復が終わり、今年はホイットカム社製のガソリン機関車の番だ。
ところが、修復をするホイットカムの機関車のラジエータ脇に、鳥の巣が。果たして、どうしたら良いのか。この日は、親鳥はやってこなかった。人がたくさん居るので、近づけなかったのが、それとも親鳥は、もうどこかに行ってしまっているのか。
今回は、ホイットカムを修理しやすいよう、また古くなった車両を屋内展示できるようにするための、線路工事と、車両の移動だ。
趣味で、線路を敷設して、何トンもある車両を移動していく。面白い趣味を持った人たちがいるのである。
そして、新緑の中での作業も心地よい。普段は、力仕事をしていない人も、ここぞとばかりに張り切って身体を使う。
線路を仮設しながら、人力で何トンもある機関車たちを移動していく。始めは、どうやって動かそうかと、誰もが思っていたが、みんなの知恵と力で、重たい車両が移動していく。
ここに展示してある、林野庁が所有する機関車であり、自分のものではないのだが。
大切な鉄道遺産。それをみんな大切に後世に残していきたいということだろうか。
山深い緑に囲まれた中で、こんなことをしている人たちが居るのである。
いい事だと思いませんか。
好きな機関車を眺めたりしながら。将来は、彼らが走り出すことを考えて。
だから、線路工事にも力が入る。
また、根利(ねり)という所は、古くは会津に抜ける根利道の宿場。藁葺き屋根はなくなったが、今でも宿場町の風情を偲ぶことが出来る。
そして、根利の砥沢というところでは、材木を切り出し、索道で足尾に提供していた。
昭和になると、戦時中に森林軌道が敷かれる。
この屋根の上辺りを森林軌道は走っていた。ちょうど、畑になって、石積みが見えるところ辺りである。
軌道跡の畑に上がり、周りを眺める。写真の左手、緑の中の大きな黒い屋根が、作業をしていた林業機械化センターである。
線路跡のあるところの、山添の道を下るが、ここは元々は軌道跡。しばらく行くと、素掘りのトンネルがある。この辺りは断崖絶壁だったとのこと。線路を通すために、ここにトンネルが掘られたとのこと。
ここから先、日影南郷までの区間は、昭和22年のキャスリン台風で、廃止となってしまったが、今でもトンネルが残されているというのは、今の日本では考えられない。
それだけ、山深いところだったということだと思う。
昨年、土砂崩れで、法面工事が行われていたので気になったが、トンネルは少し崩れた程度で、まだ残されていた。
これから毎月1回は、根利を訪れることとなる。機関車修理も楽しいが、線路跡の探査も面白い。そして、歴史ある根利や周辺の集落に立ち寄るのも楽しみだ。
本日の活動の詳細は、下記ページを。
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