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2008年4月11日 (金)

4/26,27は通洞駅祭

19760514_01_51 この写真は、閉山後3年が経った、昭和51年の通洞駅。貨物列車の次に来る、上り桐生行きを沢山の乗客が待っている。

今年は、この駅を中心として「通洞駅祭」があるとの事。

そんなわけで、にごり酒を飲みながら、最近撮影した通洞付近の写真を紹介したいと。

200703000401_r_22_ 旧国道沿いに残る、古い変電所。ここ2、3年で、極端に朽ちてきた。このまま放置して、崩れるのを待って片付けるのだろうか。

2007040108_m1_01_ 渡良瀬川の向こう、砂畑から見た通洞の選鉱所と山。中腹には索道の柱と、ぽっかり空いた穴がある。

この穴は、発破を失敗して空けてしまったのだという。しかし、この穴は、毎日暗闇の中で働く人の格好の休憩所となったと聞いた。休憩時間に、この穴から表に出て、タバコをすう姿が見られたという。

2007040108_m1_05_ 通洞から吊橋を渡ったこちら側は「砂畑(すなはた)」。写真の左手方向には廃石所があり、戦後はそこから再び鉱石を掘り出し選鉱し、「砂畑鉱山」と呼ばれた時期もあった。

吊橋は新しいもので、このすぐ右手下に古い吊橋が掛かっていて、その右手下には、通洞坑から砂畑鉱山に至る坑内電車の線路の橋も掛かっていた。

200703000401_r_30_ 通洞から吊橋を渡り砂畑に入ると、左手に「渡良瀬荘」という療養所があった。鉱山で働き珪肺になった人などが療養していたらしい。

その先は今は整備され、比較的新しい社宅が並ぶ。その中の空地から見た通洞。左手は現役の変電所。右手には古い変電所と、コンクリートの油力発電所の建物が残る。

私は、この辺りが、とても良く足尾銅山の景色を残していると思う。正面のこんもりとした所も、廃石の山で、現在はグランドや、その向こうの引込み線跡は、ゲートボール場、そして足尾歴史館などがある。

200704280503_r_35_ 通洞駅を出て、真っ直ぐ行き、旧国道に出る。右手に高崎ハムの看板を掲げた肉屋さんがあり、平日の昼前ぐらいは、ホカホカのコロッケなどが並ぶ。

ちょっと左に行き右折すると、「マルサン」のパン屋さんがある。パン屋というよりは、お菓子屋というか、喫茶店もやっていたりする。その道を行くと写真の花壇がある。周りの商店や、鉄の柵など、往時の足尾を語っている。

200704280430_r_28_ 平成の通洞駅。昨年の「足尾駅祭」の帰りに撮影したもの。この日は、昭和の頃の様に、沢山の乗客が待っていた。

20070127_m02_35_ 昨年1月末の通洞駅の私。誰もいない駅舎でひとり列車を待つ。足尾線時代から変わらない駅舎で、こうして列車を待つのも悪くはない。

はてさて、足尾銅山の通洞の良さが少しは伝わっただろうか。

お祭までの間、ネタに困ったら、通洞付近の情報を伝えていこうと思う。

通洞駅祭については、下記ホームページに簡単ですがアップしてあります。

http://realrail.hp.infoseek.co.jp/D09/page03.html

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