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2008年1月 6日 (日)

新松戸から流山へ

20060321_21_一昨年の春に一度訪れた流山。また行きたいと思っていたが、1年以上経ってしまった。

前日も遅くまで飲んでしまったので、南浦和を12時過ぎに出発。それでも、新松戸まで30分弱、1時前には到着する。

新松戸に着いて幸谷駅に向かうと、交差点に時刻表があった。次の電車は13:08。まだ時間があるので、線路沿いに歩いて、景色の良いところで電車の写真を撮ることにする。

前回は流山まで電車でいき、帰りは線路たどって歩いたのだが、今回は時間も遅いので、ぶらぶらと写真を撮りながら歩いて流山まで行き、帰りは電車に乗ることとした。

南浦和から新松戸までの武蔵野線沿線もそうだが、田園風景が広がり、駅の周辺には住宅が密集するが、その中に点々と古い建物があるのが目に付く。

途中で、電車を撮って北小金駅に向かう。その途中で線路を横切る道路沿いに、古い農家であろう、立派な建物が目に付く。木造の瓦葺。庭も手入れをされなかなか良い雰囲気だ。隣りも古い建物が残り、その一角だけは美しく輝いていた。

線路を辿るように道を探して歩く。すると細い脇道があり、その角から、数件の古い店が並んでいた。「鰭ケ崎駅」だ。

「鰭」は「ひれ」と読む。はじめて見た時は何と読むのか分からなかったし、海から離れたところで鰭ケ崎は今でも、理解できない。

午後2時前だった。そこの「マツノ」という洋食屋さんに寄る。外観はそんなでもなかったが、店に入って、感激する。「古い」「昔の食堂だ」訊けばもう40年程やっているという。

今年小学校にあがる子供連れの夫婦と、そのおじいさんらしい4人が昼食で来ていた。その子供のオムライスに目が止まったが、とりあうず、店のおばちゃんに「この店のお薦めは」と訊いてみる。

「人それぞれ好みがあるからね」と言いつつ、洋食弁当600円を勧めてくれた。

じいさんは私が店に入った時から、

「この店は美味しい」「この店は、いつ来ても同じ味で美味しい」と何か言う毎に言っていた。

そして本当に美味しかった。洋食屋さんの良い味だった。

こんな田舎なのに。この品の良さは。しかし、こんなところで店をやっていて成り立つのかと思っていたら親父さんが顔をだした。

「うちはね、9割が出前なんだよ」

おばちゃんからは「引越しても出前を届けてくれないか、と電話が来る」と言われる。

きっとこの40年間変わらない味だからだろう。なんかとてもステキな食堂、ご夫婦に会ってしまった。

鰭ケ崎から先は小さな山があり、道路は迂回をしなければならない。私は、駅のところの踏切を渡ると、自転車置き場を通り抜け、山へ登る道へと入っていた。

小さな山だが、それまでと景色が一変する。木々が茂り、家もまばらになる。道路を陸橋で越えたところで階段を下り、線路沿いにまた戻る。

ここからしばらくは線路は直線で、貨物列車の交換をしていた頃の敷地も細長く続く。

このあと線路は大きく右カーブをして流山へと至る。

このカーブのところは、線路沿いに道がない。大きく迂回する。迂回をしても、イトーヨーカドーが目印になるので、あまり不安はない。このヨーカドーは醤油だか味醂の工場跡地に出来たらしい。しかし、今は工場の面影はない。

20060321_28_流山に着くと、キッコーマンの味醂工場まで続いていた線路跡を眺める。今は道路沿いの自転車置き場となっている。線路跡は道路となって工場まで続くが、今はもう塀で囲まれて、工場に線路が入っていた面影もない。

昼食を食べた時におばちゃんが言っていた「万上味醂」へと向かう。しかし、万上味醂も大昔に野田醤油と一緒になり、キッコーマンになってしまっているのだが。

しかし、今回の発見は、キッコーマンの工場を一回りし、江戸川沿いの道に登っていた時だった。

古い家が、なにか工場のような古い建物が見えた時だ。

もう、日が傾き、写真は撮り辛くなっていたが、そこへ行って、とりあえずデジカメで撮る。

帰りは素直に流山の駅から、電車に乗って帰宅。というか、南浦和に着くと越乃へ向かっていたのだった。

※写真は、昨年のもの。今回の写真は後日アップ予定です。ご期待ください。

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